2025/05/08 21:47
番手表示の真実|その数字だけでは語れない砥石の“性格”
包丁研ぎを始めた人なら誰もが目にする「#1000」や「#3000」といった番手表記。
この数字が“砥粒の細かさの目安”であることは知られていますが、それだけで砥石の性能や研ぎ味まで語れるでしょうか?
結論から言えば、番手はあくまで目安にすぎません。
本記事では、その理由と「番手の裏側」にある本質を深掘りしていきます。
番手についての質問をお受けすることが意外と多いので、この記事を書こうと思い立ちました。
この記事であなたが感じている粒度の違和感についてのヒントを見つけていただければ幸いです。
1|番手は“平均”の話。でも実物は“ばらつき”がある
砥石に表示されている「#1000」「#3000」などの番手は、砥粒の**平均的な粒の大きさ(平均粒径)**を示すものです。たとえば#1000なら、おおよそ14〜16ミクロン(μm)程度の粒径が中心ですが、これは「すべての粒が14〜16μmでそろっている」という意味ではありません。
▷ 番手=平均粒度。だが、“平均”には幅がある
「平均」という言葉の落とし穴は、実際には大きな粒も小さな粒も混ざっているという点にあります。
つまり、#1000番という表記でも、それよりも大きい粒子や小さい粒子が含まれているということです。どんな高精度な研磨剤メーカーが作る研磨剤でも、「ちょうど#1000」「ちょうど#3000」などという研磨剤は存在しません。必ずばらつきを含んでいます。
▷ 粒度分布の“幅”が研ぎ味に与える影響
砥粒のサイズが均一で、粒度分布が狭い砥石は、
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1.当たりが安定している(=一定の切削感でコントロールしやすい)
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2.仕上がりも均一で美しくなる
▷ なぜ“幅”ができるのか?—製造の背景
砥粒は、もともと鉱物や人工原料を砕いて作るため、粒の大きさには自然なばらつきが発生します。
それをふるいやエアセパレーターで分類して選別するため、一定の砥粒サイズのレンジを持った研磨剤となるのです。
日本の研磨剤メーカーはこの分級技術に優れており、そのおかげで粒度分布が狭い砥石を製造できるのが特徴です。これは、研ぎ感の一貫性やプロの使用にも耐える品質を支える重要な技術です。砥石メーカーが高品質な砥石を作ることができるは、それを蔭で支えてくれていている日本の研磨剤メーカーの存在があるのです。
2|規格によって“#1000”の意味は変わる
「#1000」と書いてあっても、規格が違えば粒の大きさも異なります。
同じ数字でも、実際の研ぎ感には違いが出るのです。
▷ 主な規格と粒径の目安
規格 | 表記 | 粒径の目安(μm) |
---|---|---|
JIS | #1000 | 約14〜16 |
FEPA | P1000 | 約18〜20 |
ANSI | 600 | 約16〜23 |
※FEPAの「P1000」は、JISで言うと#800程度のイメージです
▷ 中国製に多い“番手の違和感”
中国製砥石の粒度に対してよく見かける、粒度の違和感の声。これは次のようなことが原因と考えられます。
・粒度分布が広く粗い粒が多い
・結合剤の設計が研削力寄り
・規格自体が不明確な場合もある
また、中国には砥石を作る工場が大小100社ほどもあるとも言われており、上記のような事情に加えて、残念ながらそもそも信頼に値しない工場がある可能性も否めません。
3|“体感粒度”は番手だけでは語れない
中国製砥石の話を別にしても、SNSやレビューで見かける「#1000なのに荒く感じる」「#3000なのに細かくない」…
こうした感じ方のズレは頻繁に起こります。これは、番手以外の要因によって生じます。
▷ 感じ方が変わる要素
・砥石の硬さ(結合剤や焼成方法)
・砥粒の形状や分散状態
・使用時の水分量や研ぎ圧
・研ぎ泥の出方
たとえば、硬い砥石は砥粒が砥面から少しずつ露出し、また、母材の硬さが刃物への研磨剤の食い込みをブロックするため細かく感じやすい傾向があります。
一方で、柔らかい砥石は砥粒がどんどんリリースされて、研磨剤が直接食い込んでくるので荒く感じる傾向があります。
さらに、砥粒の形状そのものも研ぎ味に直結します。
たとえば、WA(ホワイトアランダム)のような鋭いエッジを持つ角ばった砥粒は、刃に強く食い込み、切削力が高く感じられます。
そのため、同じ番手でも**「荒く感じる」傾向がある**のです。
逆に、砥粒の角が取れて丸みを帯びている場合は、刃当たりが滑らかで、細かく感じやすい傾向があります。
また、**砥粒の分散状態(均一性)**も体感に影響します。
粒子が均一に分散されていれば、砥面の当たりも安定し、一貫した研ぎ味が得られます。
しかし、粒子が凝集していたり、偏在していると、部分的に砥面が荒くなり、番手より粗く感じたり、引っかかりを感じることがあります。
このため、高品質な砥石は砥粒の分散精度にも細心の注意が払われています。
さらに、水分量や研ぎ圧の違いも、研ぎ味や体感粒度に影響を与えます。
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水が多すぎると砥泥が流れて研磨力が下がり、滑らかすぎて細かく感じることがあります。
逆に水が少ないと摩擦が強くなり、粗く感じる傾向があります。 -
強い研ぎ圧では砥粒が深く食い込み、削れすぎて荒く感じやすくなります。
軽い圧で研ぐと、表面をなでるような感触になり、より繊細で滑らかな仕上がりになります。
➡️ 結局のところ、“体感粒度”は番手だけでなく、砥石の設計や素材との相互作用、そして使い方の違いによって決まります。
つまり、番手表示は目安にすぎず、実際の使用感は製品ごと、さらにはユーザーごとに異なるのが実情です。
そのため、「番手だけを信じる」のではなく、自分の感覚に集中して「実際にどう感じるか」を大切にしてみてください。
🧩 まとめ|番手を超えて“中身”で選ぼう
砥石の番手はあくまで入口にすぎません。
🔹 平均粒度だけでなく「粒度分布の狭さ」
🔹 結合剤の硬さや素材
🔹 砥粒の形状や配合比率
🔹 規格の違い(JIS / FEPA / ANSI)
🔹 使用時の技術(圧、水分、角度)
こうした要素を知ることで、番手の“奥”にある研ぎ味の違いが見えてきます。