2025/06/29 01:15
天然名倉砥石の起源と特徴
名倉砥石(なぐらといし)は別名「三河白(みかわじろ)」とも呼ばれ、愛知県北部(旧三河国北設楽郡三輪村)が主な産地です。天然名倉砥は砥粒が非常に精細で、適度な硬軟で鋼を研ぐ性能に優れています。そのため、古くから刀剣や包丁の最終仕上げに重用されてきました。伝承によれば足利時代に狩人・名倉左近が山中で石を見つけ、矢じりを研いでみると見事に切れる刃がついたことから名倉砥の物語が始まったとされます。以来、名倉砥石は刀鍛冶や刃物職人に珍重され、江戸時代までは幕府御用の研ぎ師にも納められていました。
天然名倉砥石は白みがかった色調が特徴で、その白い色は砥石成分の大部分が石英であるためです。同じ天然砥石の中でも名倉砥だけが大きな砥粒の塊を含み、直接砥石としての研磨力の高さを示します。しかし、良質の名倉砥石は明治時代にほぼ採掘し尽くされ、現在産出されるものは粒度が粗く品質も落ちています。大きなサイズの天然名倉砥石は非常に稀少で入手困難であり、「サイズのあるものは入手が困難。名倉クラスも減っています」と言われるほどです。
天然名倉砥石は歴史的に刀剣研磨で評価が高く、名倉砥で仕上げた刀は美しい刃文(はもん)と鋭い切れ味を持つとされています。そのほか包丁や木工用鉋(かんな)の研ぎにも使われ、研ぎあがりは滑らかで美しい鏡面を得られます。名倉砥石は砥石文化の中でも仕上げの花形として位置づけられ、日本の刃物磨きに欠かせない特別な存在でした。
天然名倉砥石の使い方と効果
天然名倉砥石は、硬い仕上げ砥石と刃物の間で潤滑剤(砥汁)を生み出す役割を担います。砥石の表面に水を落とし、名倉砥石を押し当てて擦ると、名倉に含まれる微細な砥粒が砥石面から剥がれ、まろやかな砥汁が生まれます。この砥汁は研磨力を高め、研ぎが速く進むとともに刃先に美しい光沢を与えます。また、名倉砥石は凹凸のつぶれた硬い砥石面を「目立て」する作用もあります。一度水洗いで目がつぶれた砥石を再開すると目詰まりして砥汁が出にくくなりますが、名倉で表面をかるく擦ることで砥石の目が再度立ち、滑らかに研げるようになります。
人造名倉砥石の登場と特長
天然名倉砥石の高品質なものは極端に少なくなり、かつ高価であるため、近年は各社から人造(人工)名倉砥石が発売されています。人造名倉砥石は合成砥粒(たとえば炭化ケイ素やアルミナなど)を使って作られ、粒度の異なる面を両面や多面に備えた製品もあります。
上述のとおり、本来、「名倉砥石」は愛知県北部で採れる天然のものを指していましたから、その歴史を知る人にとっては人造のものを「名倉砥石」と呼ぶのは違和感を持たれるかもしれません。
しかし、今日では、天然の名倉砥石に代替するものとして人造のものも「名倉砥石」という呼称が一般的になってきています。
人造名倉砥石は天然に比べると番手が明確で、形やサイズも一定なので初心者にも扱いやすいメリットがあります。価格も千円程度からと手頃で、天然品の代替品として十分な切れ味を発揮します。
名倉砥石の使い方
天然・人造を問わず、名倉砥石を使うには砥汁(とじる)の作り方が重要です。使い始めの天然砥石の上に水を垂らし、そこに名倉砥石を軽く押し当ててクルクル回すと、名倉から細かい砥粒が出てきて白くにごった砥汁ができます。この砥汁を使って包丁を研ぐことで、研磨力が増し、刃先が速くよく研げます。使用後は砥石面をよく流し、名倉砥石で研いだ面も水で洗い落としておくと、次回も滑りよく使えます。
研ぎ方としては、硬い仕上げ砥石を使う際に名倉砥石を併用すると効果的です。先に硬い砥石と刃物で研いだあと、一度水で洗い流して砥石面をリセットし、再び砥ぎを始める前に名倉で砥汁を出します。すると砥石の目が立ち直り、滑らかに研磨できるようになります。また、刃物が滑りやすい場合は名倉の砥汁を使って再研磨することで引っかかりを抑えることができます。
名倉砥石と砥石番手の相性については、前述のように製品によって推奨範囲があります。基本的に、仕上げ用砥石には細かい名倉砥石、荒砥や中砥には粗めの名倉砥石を使うとよいでしょう。例えば、#1000の砥石には1000~2000番台の名倉砥石を、#3000の砥石には#3000~5000の名倉砥石、というふうに名倉砥石の方が少し細かいことをおススメいたします。
名倉砥石を使うメリット
名倉砥石を使うことで得られる主なメリットは以下の通りです:
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研ぎスピードの向上と切れ味アップ:硬い砥石で目詰まりしやすい場面でも、名倉砥石で砥汁を出すことで研磨力が増し、短時間で鋭い刃がつきます。砥石に対する刃物の「食い付き」がアップします。
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仕上がりの美しさ:刃先の微細な凹凸や傷を消し、鏡面に近い滑らかな仕上がりを得られます。特に日本刀のような刃文(はもん)を映えさせる仕上げに名倉砥石が使われてきました。
名倉砥石はプロから趣味の方まで広くおすすめできます。特に砥石を複数揃えて本格的に研ぎ比べたい方や、料理人、大工職人など仕上げにこだわる方には最適です。初心者でも、砥石と名倉砥石の使い方を身につけると刃物研ぎの楽しみが広がります。
歴史ある天然砥石の文化と、最新の人工砥石技術の両方を活用して、ぜひ名倉砥石の奥深い世界を体験してみてください。名倉砥石を使いこなせば、研ぎの時間がより有意義で楽しいものになるでしょう。