2026/05/30 17:24
刃先まで砥石が当たっていない
「研いだのに切れない」という現象の多くは、突き詰めると「砥石が刃先まで当たっていなかった」に行き着く。研いだ手応えはあったのに、肝心の刃先は研げていない。
なぜそうなるのか。理由は主に二つある。
一つは、刃先が摩耗して丸くなりすぎているケース。長く使った包丁の刃先は、徐々に丸みを帯びていく。この状態で普通に研いでも、砥石は丸まった肩の部分にしか当たらず、刃先そのものには届かない。中砥や仕上げ砥で軽く撫でても刃が付かないのは、これが理由だ。一度、荒砥に戻って刃の角度を作り直す必要がある。刃先の手前から大きく削り、新しい刃先を出してやる作業だ。
もう一つは、研ぎ角度が一定でないケース。研いでいる最中に手元が揺れて角度がぶれると、刃の一部だけが研げて、別の部分が手付かずになる。当たっている箇所と当たっていない箇所が混在し、結果として「切れる部分と切れない部分のある刃」になる。同じ角度を保ち続けるのは思ったより難しく、体で覚えるまで試行が要る。
確認方法は単純だ。研ぐ前に刃先に油性ペンで線を引き、いつものように研いでみる。砥石が当たった部分はペンが消え、当たらなかった部分は残る。これを見れば、自分の手の動きが刃先まで届いているかが一目でわかる。
ここまで確認しても、なお切れ味に違和感が残ることがある。そこからは、もう一歩深い話になる。
高番手まで研いだのに、というケース
研ぎを真面目にやる人ほどぶつかる現象がある。番手を順番に上げて、最後に#8000まで丁寧に磨き上げた。手応えとしては完璧。なのに、トマトの皮で滑る。肉繊維に食い込まない。
これについて、研ぎ手の間でいくつかの見方が語られている。
一つは、刃先の微細な凹凸(マイクロベベル)が食材を捉えている、という見方。番手を上げて磨き上げると、その凹凸が失われる。結果として、刃は鋭いが食材に食い込まない状態になるという。日常的なナイフの研ぎや切れ味の維持には#1000〜#2000の砥石が最も実用的で、#5000以上の高番手はほとんどの場合不要だ、と語る研ぎ手もいる。
もう一つは、鋼材と砥石の相性、という見方。粘りのある鋼材(一部のステンレス系)では、高番手で研ぐと刃が砥石の上で滑り、思うように刃が付かないことがある。これは「研ぎすぎ」とは少し別の問題で、鋼の中の炭化物の量や質、砥石の砥粒との関係に由来する話だ。詳しくは別記事で整理した。
もし丁寧に高番手まで研ぎ上げているのに切れ味に違和感を感じているなら、思い切って中砥(#1000〜#3000)で止めてみると、別の切れ味が現れることがある。
食材との関係に立ち返る
そもそも「切れる」という言葉の意味は、何を切るかによって違ってくる。これは前の記事でも触れた話だが、ここでも重要になる。
トマトの皮、肉繊維、筋のある野菜 — 表面が固く、内部が柔らかい食材は、刃先がそれを「捉える」感覚が要る。微細な凹凸が皮や繊維を引っ掛けて、すっと刃が入る。鏡面に近い刃では、表面で滑ってしまうことがある。
刺身の引き切り、薄削り、繊細な皮むき — 抵抗の少なさが求められる作業では、磨き上げられた刃のほうが結果が綺麗になる。刃先の滑らかさが、切断面の美しさに直結する。
自分が普段その包丁で何を切っているか、思い出してみる。どんな切れ味を求めているのか、改めて意識してみる。「研いだのに切れない」の正体は、用途と研ぎ方のミスマッチであることが少なくない。
結び
「研いだのに切れない」の答えは一つではない。だが、ここで挙げた要素 — 砥石が刃先まで当たっているか、番手の選択は用途に合っているか、鋼材との相性はどうか — を一つずつ確認していけば、原因は必ずどこかに見つかる。
正しい砥石を平面に保ち、刃先まで確実に当てる。番手と用途を合わせる。これが揃えば、切れ味は戻る。手元の作業の積み重ねで決まる、確かな仕事だ。
ALTSTONE 仕上げ砥石 深 #3000





