2026/06/12 14:46
この記事の要点
カエリ(バリ)には、実は2種類あります。研ぐと最初に出る、指で分かる「大きなカエリ」と、それを落としても残る、指でも分からない「ミクロのカエリ」。大きなカエリは砥石の上で落とし(STEP1)、ミクロのカエリは革砥(または新聞紙)で落とす(STEP2)——この2段構えが、研いだ直後の切れ味を長持ちさせる鍵です。「研いだ直後だけ切れて、すぐ落ちる」の犯人は、たいていこのミクロのカエリです。
この記事の流れ
1. カエリとは・なぜ出る / 2. カエリには2種類ある / 3. 鋼材で仕上がりの刃先まで変わる / 4. STEP1:大きなカエリを砥石で / 5. STEP2:ミクロのカエリを革砥で / 6. やってはいけない3つ / FAQ
1. カエリ(バリ)とは? なぜ出るのか
研ぐと、研いでいる面の反対側の刃先に、髪の毛のように薄い金属のめくれが出ます。これがカエリ(バリ、英語で burr)。刃先まで砥石が届いて削れた証拠なので、出ること自体は良いことです。むしろカエリが刃の端から端まで全長に出てはじめて、その面は研げたサイン。出ない場所は、角度を寝かせすぎて砥石が刃の「肩」に当たり、刃先まで届いていません。
確認は、指の腹を刃の面(側面)にのせ、刃先のほうへ軽くなでて、引っかかり(カエリ)があるか確かめます。刃に沿ってこすると切れるので、それだけは避けてください。
切れ味の良し悪しは、研ぎの角度や番手と並んで、この出たカエリを最後にどう処理するかで大きく変わります。そして実は、自分では取ったつもりでも、最後まで取り切れていないことがとても多いのです。気づきにくいのには理由があります——次章、カエリは「1種類ではない」からです。
2. カエリには2種類ある——「大きなカエリ」と「ミクロのカエリ」
ここがこの記事のいちばん大事なところです。ひとくちに「カエリ」と言っても、性質の違う2つがあり、落とし方も道具も違います。
① 大きなカエリ 研ぐと最初に出る、刃先のめくれです。指の腹で引っかかりがハッキリ分かり、ときに光に当てると見えることも。これは砥石の上で落とせます(STEP1・4章)。
② ミクロのカエリ 大きなカエリを落としても、指では感じ取れない極小のカエリが残ります。電子顕微鏡で刃先を観察すると、「指で取れた」と感じた後にも微小なカエリが残っていることが確認されています。これが曲者で、革砥(ストロップ)で落とします(STEP2・5章)。
なぜミクロのカエリが曲者なのか。刃先を電子顕微鏡で観察した報告によれば、ミクロのカエリは刃先からわずかに飛び出した薄い金属のヒレで、ついている間はそのヒレ自体が刃の役目をするとされます。研いだ直後だけ一時的によく切れる“感じ”が出るのはこのため、と説明されます。
そしてヒレは弱いため、食材を切るうちに不揃いにちぎれて取れる——きれいな刃先の線でスッと外れるのではなく“むしり取られる”ように外れるので、あとにはギザギザに荒れた鈍い刃先が残る、と報告されています(ヒレの付け根は、研ぎで繰り返し曲げられて弱った金属でもあります)。
要するに、自分でていねいに取ればなめらかな刃先になるのに、使ううちに勝手にちぎれるとガタガタの刃先になりやすい——これが「研いだ直後だけ切れて、すぐ切れなくなる」の有力な説明とされています。なお、これは大きなカエリではなく、取り残したミクロのカエリの話です(大きなカエリは指で分かるので、ふつうは使う前に落としているからです)。
だから取り方も2段構え。STEP1=大きなカエリを砥石で、STEP2=ミクロのカエリを革砥で落とします。

3. 鋼材によって、仕上がりの刃先まで変わる
同じカエリでも、鋼材の延性(伸びやすさ)で質が変わり、それが研いだあとの刃先の鋭さまで左右します。
軟らかい鋼(比較的安価なステンレスなど) 軟らかい鋼は延性が高い——力を加えると、ちぎれる前によく伸び・曲がる性質です。だから刃先のいちばん薄い部分も、削ったり取ろうとしたりすると、“ちぎれる”より先に“伸びて逃げる・曲がる”。結果、① カエリが折れずに伸び曲がって残りきれいに取り切りにくい、② 刃先そのものもピンと張った鋭い線になりきらずわずかにヨレた(伸び・丸まった)状態になりやすい。これが「安いステンレスは良い刃が付きにくい」と感じる中身です(さらに、軟らかい刃先は使ううちにも変形しやすく、鋭さが長続きしにくい)。
硬い鋼(VG10など) 逆に延性が低く、薄い部分は伸びずにパキッとちぎれる。だからカエリは脆く崩れてポロッと取れ、刃先もピンと張った鋭い線になりやすい。ミクロのカエリの始末も比較的ラクです。
鋼材ごとの研ぎにくさや対策のくわしくは「ステンレス包丁の研ぎ方」「研ぎにくいの正体」へ。

4. STEP1:大きなカエリを「砥石」で落とす
まずは指で分かる大きなカエリを、砥石の上で落とします。順番が大切。いきなり小刃付けで落とそうとせず、必ず小さくしてから。
① まずカエリを小さくする。 強く研ぐほどカエリは大きくなります。逆に力を抜き、刃を前へ滑らせる向き(押す向き)の軽いストロークで左右交互に研ぐと、新しいカエリをほぼ作らずに、今あるカエリだけが削れて小さくなります(番手を上げるとさらに小さく)。
② 小刃をつける。 十分小さくなったら、角度をほんの少し立て、表裏とも1〜2回だけ軽く前に滑らせます。これで残った粘るカエリを切り落とせます。やりすぎると小刃が厚くなって逆に鈍るので、1〜2回で十分です。
ここまでで、指で分かる大きなカエリはほぼ落ちます。でも、まだ終わりではありません。残っているのが——次章(STEP2)のミクロのカエリです。
基本の研ぎ手順や角度合わせ(マーカー法)は「包丁の研ぎ方|初心者でも失敗しないコツ」にまとめています。
5. STEP2:ミクロのカエリを「革砥(ストロップ)」で落とす
大きなカエリを落としても、“取れたつもり”のミクロのカエリはどうしても残りがち。これを整えるのが革砥(ストロップ)の役目です。青棒などの研磨剤を塗った革に、刃を引く向き(刃を後ろへ滑らせる向き)で数回。これでミクロのカエリが取れ、研いだ直後の切れ味が長持ちする刃になります。
(砥石でカエリを小さくするときは“前へ滑らせる”でしたが、革砥は逆に“引く向き”。革は押すと刃が食い込んで切れてしまうためです。)
専用の革砥がなくても、新聞紙でも代用できます。新聞紙に刃を引く向きで数回スッと通すだけ。家庭ではまずこれで十分です。
(革砥の選び方・青棒の番手・使い方の詳細は、別記事でくわしく解説予定です。)
6. カエリ取りで「やってはいけない」3つ
ゴシゴシ往復でこすって取ろうとする
往復で強くこするほど、反対側に新しいカエリが生まれて“いたちごっこ”に。軽く・少なく・前へ滑らせる向きで。
大きいカエリをいきなり小刃付けで落とす
大きいまま角度を立てると、小刃が厚くなって鈍る・刃先が欠けることも。必ず①で小さくしてから小刃へ。
大きなカエリを落として“終わり”にする
指で取れても、ミクロのカエリは残ります。これが「直後だけ切れる」原因。最後に革砥か新聞紙でひと仕上げを。
FAQ
Q. 研いだ直後は切れるのに、すぐ切れなくなります。
多くは、取り残したミクロのカエリが原因と考えられています(2章参照)。対策はシンプルで、大きなカエリを砥石で落としたあと、革砥(または新聞紙)でミクロのカエリまで取り切ること。とくに軟らかいステンレスは残りやすいので、ここが効きます。
Q. カエリがうまく出ません。なぜ?
カエリは「刃先の2つの面が出会い、そこまで砥石が届いた合図」。出ないのはその刃先(アペックス)にまだ届いていないからで、原因は主に3つです。
① 角度が低すぎる(寝かせすぎ)。 砥石が刃の「肩」に当たり、刃先まで届いていない。少し刃を立て、マーカー法(刃先を油性ペンで塗り、研いでインクの消え方を見る)で当たりを確認。
② 角度が一定しない(しゃくり研ぎ)。 研ぐたびに角度がブレると、刃先が当たったり外れたりで丸まり、カエリができません。手首を固定して同じ角度をキープ。
③ そもそも刃先がまだ“できていない”。 刃が鈍く厚い・摩耗で先が丸い場合、2つの面がまだ出会っておらず、削っても刃先が無い=カエリも出ません。#1000の軽い研ぎでは時間がかかるので、荒砥(#400前後)でまず刃先を作るか、#1000なら根気よく削り込みます。カエリが出れば「刃先まで届いた合図」です。
Q. 革砥(ストロップ)は必要ですか? 新聞紙で十分?
家庭ではまず新聞紙で十分です。革砥(青棒つき)があると、ミクロのカエリをより安定して整えられ、切れ味の持ちが一段良くなります。毎日包丁を使う方や切れ味にこだわる方は、一本あると便利、という位置づけです。
研ぎの最初の一本に
ALTSTONEの「深#1000」は、鋼材を選ばずステンレスから鋼まで対応する中砥石。本記事の研ぎ手順と、4章「大きなカエリを砥石で落とす」工程に使えます。家庭の包丁ほぼすべてに対応する、最初の1本としてどうぞ。
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※ 2章のミクロのカエリの微細構造(薄いヒレが刃の役をする・ちぎれて荒れた刃先が残る 等)に関する説明は、刃先を電子顕微鏡(SEM)で観察・公開している研究ブログ「Science of Sharp」の報告を参考にしています(Seven Misconceptions About Knife Burrs、Burr Removal ほか)。





