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2026/07/14 00:06

 

SG2やR2などの粉末鋼(粉末ハイス鋼)の包丁をお持ちで、「硬すぎて研げないのでは」「専用の砥石が要るのでは」と不安になっていませんか。先に結論です。粉末鋼の包丁は普通の砥石で研げますし、研ぎ方も一般の包丁と同じです。特別な技術は要りません。違うのは「時間がかかる」ことだけで、その正体は包丁側ではなく砥石側の「目つぶれ」(砥粒の先端が鈍ること)にあります。この記事では、砥石屋の立場から、粉末鋼で研ぎが進まなくなる仕組みと、名倉砥石で研削力を回復させて効率を上げる方法を解説します。

目次
1. 結論:粉末鋼に「特別な研ぎ方」はない/2. 粉末鋼(SG2・R2・ZDP-189)とはどんな鋼材か/3. 研ぎが進まない正体は、砥石側の「目つぶれ」/4. 名倉砥石で研削力を回復させる/5. 粉末鋼を研ぐ手順と、つまずきやすい3つのポイント/6. 砥石選び:「専用砥石が必須」は本当か/よくある質問(FAQ)

1. 結論:粉末鋼に「特別な研ぎ方」はない

粉末鋼の包丁の研ぎ方は、ステンレス包丁やハガネの包丁と同じです。中砥石(#1000前後)でカエリが出るまで刃を作り、仕上げ砥石(#3000以上)で整える。角度も力加減も、普通の包丁研ぎと何も変わりません。堺の老舗包丁店も「ハガネの包丁と同じように砥石で研げる」と明言しています。

では、なぜ「粉末鋼は研げない」「研ぎにくい」と言われるのか。それは研ぎ上がるまでの時間が長いからです。刃物の世界で「耐摩耗性に優れている」という宣伝文句は、研ぎの観点からはそのまま「砥石で削れにくい」という意味になります。切れ味が長持ちする性質と、研ぎに時間がかかる性質は、同じコインの表と裏です。

ポイント:粉末鋼で変わるのは「研ぎ方」ではなく「時間」。そしてその時間は、後述する名倉砥石の使い方しだいで大きく短縮できます。

2. 粉末鋼(SG2・R2・ZDP-189)とはどんな鋼材か

粉末鋼(粉末ハイス鋼)は、溶かした鋼を霧状に噴射して粉末にし、熱と圧力をかけて焼き固める「粉末冶金法」で作られる鋼材です。この製法だと、鋼の中の硬い粒(炭化物)が非常に細かく、均一に分散します。細かく均一だから刃先を鋭く研ぎ上げられ、硬い炭化物がぎっしり詰まっているから刃先が摩耗しにくい。つまり「鋭くできて、長切れする」のが粉末鋼です。

代表的な粉末鋼と、参考としてよく比較される鋼材の目安を挙げます(数値は代表値の目安です)。

鋼材炭素量の目安硬度(HRC)の目安研ぎの体感
SG2(スーパーゴールド2)約1.3%約63時間はかかるが普通の砥石で研げる
R2約1.4〜1.5%約64SG2とほぼ同格。同様に研げる
ZDP-189約3%65以上炭化物の量が桁違いに多く、粉末鋼の中で最も時間がかかる
(参考)VG10約1%約61一般的な高級ステンレス。研ぎやすい部類

ひとつ注意してほしいのは、表のHRC(硬度)は研ぎにくさの原因ではないということです。HRCは母材の硬さを表す数値で、砥石は母材なら問題なく削れます。研ぎに時間がかかる原因は、次章で見るとおり、母材の中に散らばる炭化物の硬さと量=耐摩耗性の側にあります。「硬い包丁だから研げない」のではありません。

なお「R2」と「SG2」は呼び名が違うだけでほぼ同等の鋼材として扱われることが多く、メーカーによって表記が分かれます。お手持ちの包丁がどちらの表記でも、この記事の内容はそのまま当てはまります。

3. 研ぎが進まない正体は、砥石側の「目つぶれ」

粉末鋼を研いでいて「最初は削れていたのに、だんだん滑るだけになってきた」と感じたことはないでしょうか。実はこれが、粉末鋼の研ぎで一番大事な現象です。

砥石が刃物を削れるのは、表面に並んだ砥粒(研磨剤の粒)が刃に食い込むからです。ところが粉末鋼に含まれる炭化物、特にバナジウム系の炭化物は非常に硬く、一般的な砥石の砥粒(アルミナ系)と同等かそれ以上の硬さがあります。砥粒は柔らかい母材は削れても、この炭化物には歯が立ちません。硬い粒に擦れ続けるうちに、砥粒の先端の方が先に丸く鈍っていきます。これが「目つぶれ」です。目詰まり(削りカスが砥面に詰まる現象)とは別物で、削れにくい鋼材を研ぐときに起きやすいのはこちらです。目がつぶれた砥石は、いくら往復しても刃をほとんど削れません。

もうひとつ、粉末鋼ならではの事情があります。普通の包丁なら数分で研ぎ終わるので、砥面が多少へたっても気づく前に研ぎが終わります。粉末鋼は1回の研ぎが長丁場になるぶん、研いでいる途中で研削力の低下が体感として現れるのです。時間がかかる本当の原因は、包丁が硬いことそのものよりも、研ぎの途中で砥石の研削力が落ち、それに気づかず削れない砥面で往復し続けてしまうことにあります。

砥石の目つぶれと名倉砥石による研削力回復の仕組み
図:粉末鋼で砥石が目つぶれする仕組みと、名倉砥石による回復

4. 名倉砥石で研削力を回復させる

へたった砥面を立て直す道具が名倉砥石(なぐらといし)です。小さな砥石片で、研ぎの前や途中に砥面へ水をかけながら軽く擦ります。すると鈍った砥粒の層が削り取られて新しい砥粒が顔を出し、同時に砥汁(とじる:研磨剤を含んだ泥水)が出ます。これで砥石の食いつきが戻り、粉末鋼にも再び刃が付くようになります。

  • 使うタイミング:研ぎ始めに1回+「滑ってきた」と感じるたび。粉末鋼では普通の包丁より砥粒が鈍るのが早いので、こまめに掛けるほど総時間は短くなります。
  • 掛け方:砥面に水をかけ、名倉を軽い力で数往復。強く擦る必要はありません。砥汁が出たら、流しすぎずそのまま研ぎに入ります。
  • 番手の目安:砥面の目起こし(研削力の回復)が目的なら、本体の砥石より少し粗めの名倉が効果的です。
ポイント:名倉は「砥石側の働きを立て直す」道具です。粉末鋼の研ぎで専用砥石を買い足す前に、まず今の砥石+名倉で試してみてください。多くの場合、それで十分に研げます。

ひとつ正直に書いておくと、名倉が効くのは「砥面の砥粒が鈍って(あるいは目詰まりして)研削力が落ちている」場合です。名倉は砥面を回復させる道具であって、砥粒そのものを強くする道具ではありません。新しい砥粒を出してもすぐ鈍ってしまうほど相性の悪い砥石では、掛ける頻度ばかり増えて根本的には解決しません。その場合は次章の「砥石選び」が本筋になります。

5. 粉末鋼を研ぐ手順と、つまずきやすい3つのポイント

手順そのものは普通の包丁研ぎと同じです。①中砥石#1000前後で、刃先全体にカエリが出るまでしっかり刃を作る。②仕上げ砥石#3000以上で整えて、カエリを取る。角度は普段どおり(10円玉2〜3枚ぶんの浮かせ方)で構いません。そのうえで、粉末鋼ならではのつまずきどころが3つあります。

(1)カエリが出にくい・分かりにくい

粉末鋼は刃先が硬いぶん、研げた合図であるカエリ(刃先にできる金属のめくれ)が小さく、出にくい傾向があります。「カエリが出ないから」と延々研ぎ続ける前に、指の腹で刃先を背中側からそっと撫でて、ざらつきをこまめに確認してください。小さくても刃全体にカエリが出ていれば、次の番手に進んで大丈夫です。

注意:カエリの確認は必ず刃先に対して直角方向に指を動かしてください。刃線に沿って撫でると手を切ります。

(2)焦って刃を立てない

なかなか刃が付かないと、つい角度を立てて「早く刃を出そう」としがちです。しかし角度を立てるほど刃先は鈍角になり、研ぎ上がっても切れ込みの悪い刃になります。粉末鋼の研ぎで最優先すべきは、角度を一定に保ったまま、時間をかけて#1000で刃を作りきることです。ここで妥協すると、仕上げ砥石をいくら掛けても切れるようになりません。

(3)「荒砥なら早い」とは限らない

意外に思われるかもしれませんが、粉末鋼のように耐摩耗性の高い鋼材では、荒砥石(#300前後)の粗い砥粒がかえって食い込めず、ツルツル滑って進まないことがあります。研ぎの現場では「こうした鋼材には、荒砥より#1000の方がむしろ削れる」という報告が珍しくありません。刃こぼれ修理などで荒砥を使っていて滑る感触があったら、荒砥に固執せず#1000に切り替えて、名倉を併用しながら進める方が結果的に早いことがあります。

6. 砥石選び:「専用砥石が必須」は本当か

「粉末ハイスは専用砥石でないと研げない」という説明を見かけることがあります。砥石屋として正直に言うと、必須ではありません。今お使いの中砥石+名倉で研げるなら、買い足しは不要です。ただし、砥石には確かに向き不向きがあり、相性の良い砥石に替えると研ぎ時間は目に見えて縮みます。

  • 食いつきで選ぶなら、やや軟らかめが一般則:結合のやや柔らかい砥石は、鈍った砥粒が自然に剥がれて新しい砥粒が次々顔を出す(自生発刃)ため、研ぎにくい鋼材への食いつきが持続しやすいのです。粉末鋼向けを謳う砥石の多くも、砥粒の入れ替わりが早い=目つぶれしにくい設計です。代償は砥面の減りと歪みの早さなので、面直しをこまめに挟むのが前提です。当店の「深」シリーズもこちら側の設計です。砥粒の入れ替わりで食いつきを保つタイプなので、粉末鋼のような耐摩耗性の高い鋼材までカバーできます。
  • 硬口(かたくち)の砥石は「面の安定・仕上がり」で選ぶ:砥面が減らず平面が保たれるので、角度を一定に保ちやすく精度が出ます。反面、鈍った砥粒を砥面に抱え込みやすい=目つぶれとは相性の悪い側なので、名倉のこまめな併用が前提です。当店では硬口セラミック砥石「凛」を、面の安定やシャープな仕上がりを求める方への選択肢として案内しています。凛も粉末鋼に対応しますが、「硬い砥石ほど粉末鋼に強い」という一般則があるわけではありません。
  • ダイヤモンド砥石は「最後の手段」ではなく「時短の選択肢」:砥粒がダイヤモンドなので、どんな炭化物より硬く、確実に食い込みます。ZDP-189のように炭化物が特に多い鋼材を頻繁に研ぐ方や、研ぎ時間を最優先したい方には合理的な選択です。ただし、粉末鋼を研ぐためだけに必ず要るものではありません。

最後に、粉末鋼の名誉のために付け加えます。研ぎに時間がかかる代わりに、粉末鋼は一度研げば切れ味が長く続きます。研ぐ回数そのものが減るので、1回あたりの研ぎに多少時間がかかっても、トータルの手間はむしろ少ない。「たまにじっくり研いで、長く切れ味を楽しむ」。それが粉末鋼との正しい付き合い方です。

よくある質問(FAQ)

Q. 粉末鋼(SG2・R2)の包丁は、普通の砥石で研げますか?

A. 研げます。研ぎ方も一般の包丁と同じです。時間はかかりますが、名倉砥石で砥面をこまめに回復させれば効率よく研げます。

Q. ダイヤモンド砥石を買わないとダメですか?

A. 必須ではありません。今の砥石+名倉でまず試すのがおすすめです。研ぎ時間を大きく縮めたい場合や、ZDP-189のように特に耐摩耗性の高い鋼材には、ダイヤモンド砥石が確実です。砥石を買い替えるなら、硬さよりも「砥粒が入れ替わりやすく食いつきが持続するか」で選ぶのがコツです。

Q. 研いでいるうちに砥石が滑るだけになりました。故障ですか?

A. 故障ではなく「目つぶれ」です。粉末鋼の硬い炭化物に砥粒の先端が負けて丸くなり、研削力が落ちた状態です。名倉砥石で砥面の鈍った層を軽く擦り落とし、新しい砥粒を出し直せば回復します。

Q. カエリがなかなか出ません。研ぎ方が悪いのでしょうか?

A. 粉末鋼はカエリが小さく出にくい鋼材なので、研ぎ方の問題とは限りません。角度を変えずに研ぎ続け、指の腹でこまめに確認してください。砥石が滑る感触なら、先に名倉で砥面を回復させましょう。

Q. 粉末鋼の包丁はどのくらいの頻度で研げばいいですか?

A. 耐摩耗性が高く切れ味が長持ちするため、家庭用なら数か月に1度程度で十分なことが多いです。切れ味が落ちきる前に研ぐ方が、1回の研ぎは短く済みます。

粉末鋼の研ぎを楽にする道具:当店では砥面の回復(目起こし・砥汁出し)用の名倉砥石と、粉末鋼のような耐摩耗性の高い鋼材までカバーする砥石「深」シリーズを製造・販売しています。シャープな仕上がりや面の安定を求める方には硬口の「凛」シリーズも。「自分の砥石と包丁の組み合わせで研げるか分からない」という方は、お気軽にご相談ください。
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